vol.23 善意の道徳 その4

2024年11月25日月曜日

道徳

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子供への「善意の道徳」

前回は善意の道徳を「恋人」の例でたとえました

今回は子供で例えたいと思います

前回はこちら


自分の子供と他人の子供

これはいい話しでしょうか?

それともわるい話しでしょうか?

考えてみてください


自分の子供

あなたは40歳で定職についています

そして1人子供がいます

その子供は高校生で現在大学受験をがんばっています

そして息子はあなたにこう言います

「お父さん、僕は大学に行きたい!合格したら学費を出してほしい」と

あなたはこう言いました

「学費のことは気にするな!そのかわり勉強ちゃんと頑張って希望の大学に合格しろよ」と

この話はいいはなしでしょうか?


他人の子供

あなたはある高校生と話す機会がありました

その高校生は親がお金がないため進学できません

ですがやっぱり大学に進学したいと言います

あなたは親身にその高校生の話を聞き、こう言いました

「奨学金制度とか利用できないかな?何か進学できる方法があるといいね。がんばってね」と

あなたはその高校生が進学できるといいなと思いました

この話はいいはなしでしょうか?


善意の道徳で査定する

善意の道徳で査定してみましょう

あなたにとって自分の息子は「仲間」になります

息子への好意は100になります

次に他人の高校生は1度だけあっただけなので「関係者」になります

高校生への好意は1になります


セリフを変えてみる

ではセリフを変えてみましょう

息子へのセリフを高校生へのセリフに変えてみましょう


あなたは40歳で定職についています

そして1人子供がいます

その子供は高校生で現在大学受験をがんばっています

そして息子はあなたにこう言います

「お父さん、僕は大学に行きたい!合格したら学費を出してほしい」と

あなたはこう言いました

「奨学金制度とか利用できないかな?何か進学できる方法があるといいね。がんばってね」と

この話はいいはなしでしょうか?


急にわるい話しに?

自分の息子に「学費のことは気にするな!そのかわり勉強ちゃんと頑張って希望の大学に合格しろよ」言うのと

または他人である高校生に「奨学金制度とか利用できないかな?何か進学できる方法があるといいね。がんばってね」言うのと

それぞれ悪い話しはないと思います

高校生の方へは学費は出さないのは事実ですが、批判したり侮辱しているわけではありません

他人の高校生へは「奨学金制度とか利用できないかな?何か進学できる方法があるといいね。がんばってね」というのは特別悪いセリフではないかもしれませんが、自分の息子に「奨学金制度とか利用できないかな?何か進学できる方法があるといいね。がんばってね」というのは、強烈な悪意を感じてしまうのではないでしょうか?

これは「仲間」と「関係者」では対応がもともと違うという考え方をふつう層がもっているためです


善意遠近法

このように善意の道徳では、人間関係の距離によって好意や協力する内容が根本的にちがうという考え方をします

これは悪い人やおかしな人ではなく、ふつうのいい人がこのような考え方をします

この善意の道徳を無視して、社会問題や福祉サービスをすると大変な問題が発生します

次回から新シリーズ「善意遠近法」について語っていきます


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